kuroplan備忘録

このブログは、東京で働いているデジタル系起業家・元戦略コンサルが、調べてみてわかったことなどを30分で記事としてアウトプットしてる備忘録です。

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人工知能に関する考察~人と人工知能との違いについて

すっかりDiaryカテゴリは、人工知能(AI)に関する記事ばっかりになってしまっているが、それは気にしないようにしておこう。
人工知能に興味があるから仕方がない。

今日の記事

MIT教授がGoogle批判、完全自動のロボット自動車は誤り・フルオートメーションは20世紀の古い概念

http://www.businessnewsline.com/news/201512161656130000.html

この記事では、MITで技術史を教えている教授が、「フルオートメーションは20世紀の古い概念だ。」と主張していることである。

なんとなく言いたいことも分からなくはない。
自分も機械がなんでもできるようになることを夢見て、大学で機械系に進学した部分もあるからだ。
時代がこれまでのスピード以上に進展をすれば、機械は今以上に高機能化していき、機械自身が思考をはじめるのではないかと考えるからだ。
しかし、技術者がいくら頑張っても、越えられない壁にぶつかる時が来るのではないかと考える。
自分が考えるに、このMITの教授はそうした『越えられない壁』ばかりを見てしまったのではないかと考える。

この記事の最後に、

~引用はじめ~
Mindell教授は、機械工学、オートメーションの第一人者となる。現行の学界で主流を占めているこの人間中心論は少なくとも、Googleなどでロボット自動車の開発を進めている20~30代の若い技術者、研究者の間では、少数派となっていることだけは確かなようだ。
~引用おわり~

となっており、まだ『壁』を感じていない技術者がたくさんいるので、そう遠くない未来にフルオートメーションは現実の技術になるのではないかと考える。

よもやま話として、よく取り上げられる「神はサイコロをふらない」と言った、アインシュタインが「神はサイコロをふる」という考えであれば、量子力学は今以上に進展していたという話があるが、この類の話に近いものがあると思う。
実際、量子コンピュータが開発されようとしていることを考えると、誰かが必ず技術を進展させるものだと感じている。

人と人工知能(AI)との違いに関する考察

前提

AIの出現により、そう遠くない未来、人間の仕事をAIに奪われてしまうのではないかという危惧がある。
例えば、下記の記事。

u-note.me

一方で、こんな意見もある。

newspicks.com

結論

「人間に近い、人間を超えるAI(つまり、高機能汎用型AI)が出てきたら、今以上に人間関係に関するスキルが重要になる。」
と考える。

根拠

現在、世の中で利用されているとされているAIは機能特化型のAIである。
これが、人間に近い高機能汎用型のAIが出現すると、単純にひとつの「人格」ができると考えるからだ。
おそらくAIを実装する技術者によって、クセが出てくると思う。
こうしたクセが「人格」ならぬ、「AI格」を作ってしまうのはないかと考える。
そうすると、機械であるAIに対しても、人と同じようなコミュニケーションというか、対応の仕方をしないといけなくなると考える。

だから、「今以上に人間関係に関するスキルが重要になる。」と考える。

 

脅威論に関する私見

たぶん、人工知能脅威論者は、この機能特化型と高機能汎用型の区別がついていないのではないかと考える。

実際、女子高生AI「りんな」が出てきている。

rinna.jp

LINEをすると、絶妙なタイミングで返事をすることを再現しているAIだけど、これが人間の脅威になるとは思えない。
まぁ、ハマってしまった人は、1日中「りんな」とLINEしているようだ。

でも、これも普通に友達と1日中LINEしている人の対象が人間かAIの違いだけだし、「りんな」自体、対話機能に特化したAIだと考える。
これに対しても、モノ・コトに対する対峙の仕方が重要になると考える。 

ではでは。